まずは最近考えていることから
考えごと
めっきり投稿が減った。書くことがほとんどなくなったのが理由としては大きい。
やっていることは毎日部屋の中で鬱々として時を過ごしているだけだから、本来の意味でのブログっぽいネタも書けなくなってしまった。
それとここ最近、コミュニティなんかで全く悪気はないのに意図せず相手を不快・傷つけるような発言が顕著になってきたので、どこの場だろうと極力余計なことは書くべきじゃないと判断したところだ。
コーヒーを淹れるのと文章を書くのが好きな僕ではあるが、感覚として二度目の大学に入りたての頃のバイトで経験した失言の数々と「どういうわけか相手が怒る」を今再び繰り返しそうな気がしているので、尚更のこと発言には慎重にならざるを得なくなったわけである。
そういうことを書く以前から、いや、昔からずっと僕のブログというのは仕事や環境への不満、対人関係や客への怒りばかり書き続けてきたので、いい加減悔い改めて大人になれよと自分を反省させる時期に入ったところである。
要するに一部の人にとっては面白いのかもしれないが、初見の方からすれば文句しか言わない日記と捉えられても仕方がない。もうそういうのはやめよう。
こうやって反省しつつ、何を書こうか考えてみたけれど昔から維持してきた日記スタイルを変えるというのは結構難しく、逆にそれしか書けないわけだ。というか、自分がブログを書き始めた動機としては
・統合失調症の闘病記
・やったことの記録
・生きていた証をここに残す
のを目的に続けてきた。あわよくば収益が入ればいいなとか目論見つつ、ここまで続けてせいぜい1万円くらいの収益。イキってAWSから3万円の高額請求が来たこともあったりしたせいで、長年のトータルで見れば赤字も赤字。
さて、培われた能力はタイピングの速さくらいだろうか。
まぁもう一度身の振り方を見直して、謙虚に自分が成長していくストーリーでも描いていければ、少しは認めてくれる人もいるかもしれない。
いずれにせよ、部屋の中に引きこもっていても何かが変わるわけない。後述するが、4月からは仕事も増えるし、もうちょっと動いてみてもいいのかも。意欲が出ないと嘆き続けてきたが、少しは改善の兆しが現れたか。
ってなわけで、
前回の続き
あらすじとしては、神の奇跡を起こす牧師が僕の通う教会に来て下さるということがわかり、ワンチャン彼に祈ってもらったら持病の統失が治るかもしれないと期待していたところだ。
本当ならば彼と接触して「こんな結果がありました!!٩( ᐛ )و」と即座にブログで報告をしたかったのだが、とうとう更新が5日も過ぎてしまったのには理由がある。「本当に治ったのか実感し、確かめたかったから」だ。
じゃ、近日の出来事や過程などを振り返っていこう。
3/20
この日は職場(僕はほとんど無職だが、不定期でとある学校の授業を動画撮影するバイトに入っている)での卒業式。仕事の最低限の説明以外はこちらから聞かないとマジで向こうからは何も教えてくれないので、実はこの学校が専門学校なのかさえよく分かっていない。
まぁそんな学校でも30名近い卒業生が今年も輩出される。今後どうなるのか進路も何も知らない。教養過程とか、専門職コースとか地味に細分化されているのを卒業式のパンフレットで初めて知ったくらいだ。
9時からリハーサルが始まり、配線と機材の設置ができる人の指示を中心に打ち合わせをする。こういうところでも地味に人手不足なのか、こんな入って5ヶ月程度の僕でも大事な晴れ舞台に駆り出されるとは。
僕は卒業式の音響設定係を任され、慣れない機材についてザッと説明を聞いただけだった。真剣に話を聞き、メモを取ればある程度は短期記憶の悪さもカバーできるもんだなと感じた。いや、僕には難しく感じられたが、正直言えば説明さえ理解できれば代わりは誰でも務まる気はしている。
結局無数にあるボタン、スイッチ、フェーダーなどの中でも一部だけを操作すればいいとのことで安心し、式は14時からだったので時間には大変余裕があった。先生がサックスの演奏をすると予め決まっていたのに、遅れた上にサックスを忘れてくるというアクシデントがあり、そのリハーサルだけは出来ずぶっつけ本番となった。(サックスは式までに誰かが届けてくれた)
要は喋っている人のマイクの音を聞き取りやすくボリュームを調節するのが役割なのだが、今までの人生経験で卒業式に出たことはあっても、送り出す側(裏方)をやるのは初めてだったので、緊張はするしミスは許されないし、これだけの説明でなんとかなるのか不安、自分がちゃんと理解しているのかも怪しい と心配だらけだった。
支給されたお弁当を頂き、一息ついて式が始まる。校長の話って世界共通で長いのかなぁと感じながらも意識が脱線しないように集中して音を調整する。残念ながら話した内容は全く覚えていない。自分が出た日大の卒業式でも理事長がなんか良いこと言っていたなーという思い出はあるが、何を言ったかは最早覚えていない。卒業式なんてそんなもんかもしれない。
サックスの演奏もちゃんとハウリングせずに音が取れて、無事に済む。校歌斉唱の際にCDをかけるのだが、この学校にもちゃんと校歌があったことに驚いた。しかも統失の幻聴と相性がよく、地味にいつまでも耳に残り続けてエンドレスで脳内ループされるタイプの校歌だった。
こうして式はなんの問題もなく終わる。
晴れやかな卒業生。あ、そうか皆は卒業していなくなるけれど、僕たちスタッフは今後も残り続けて新入生を迎え入れ、また次の卒業生が去っていくサイクルを繰り返すのか・・・・と、この年になって先生の視点をようやく理解した。
会場の後片付け、機材の撤収、配線の再接続などの作業があり解散できたのが17時過ぎ。この後卒業生たちと食事会があるから一緒にどうだ?と誘われたけれど、僕個人としては人生がかかっているイベントに向かわなければならなかったので断った。
僕は奇跡を見た
この日行われる牧師の講演は17時からで、正直言うと仕事がいつ終わるか分からないので少し苛立っているところがあった。結局18:05に教会に途中入場という形で入らせてもらい、開始から1時間は経過していた。話している内容は「無宗教でも教会に入りやすい体制を取るのが今後の教会の努めだ」だったのを覚えている。言い忘れたがゲストの牧師はマレーシア人で、英語で喋っており教会員の英語が得意な人が通訳をしていくという形式。
講演も最後の方になると「今、信仰心が足りていないのは奇跡を知らないからです。これから奇跡を起こします。そして皆が祈るようになることを信じ願っています」と言ってから5分くらいのショートムービーが流れる。
詳しく覚えていないが、タイとカンボジアの国境付近にある難民キャンプに牧師と仲間たちが出向き、怪我をして歩けない、耳が聞こえない、目が見えない、変な腫瘍ができている と言った人達を次々に一瞬で癒していく「奇跡」のしるしを3,000人以上が集まる中で行う内容だった。
前回の記事では「奇跡は体験するまで信じない」と書いたが、もうこの動画の時点で騙されていても良いやと割り切り、自分の中で何かが少しでも改善するならば、たとえ周りから馬鹿にされようが「神様はいる!」と主張を曲げないと心の中で勝手に誓っていた。
一体今宵この教会で何をするんだろう?僕は変われるのか?!期待が高まる。
動画が終わり、周りから「ハレルヤ!!」と称賛が飛び交い、それが落ち着くと彼は簡単に説明を始めた。
出来ることは病気を癒すことに限られる、それを色んな病気があるが3つのステップで順に癒していく、と。
- 背骨、膝、腰などの関節痛
- 腫瘍、癌も
- 呼吸、その他鬱などの精神病、あらゆる病気
1に関しては、僕は35歳だしほとんど働いていないので、そういうのを気にする歳ではないが高校生の頃から顎関節症を患っていた。
2については、実は鼻の左奥に変に発達して伸びた軟骨があり、右は粘膜が腫れていて地味に呼吸がしづらい(去年の胃カメラの際に言われて「確かにそうかも」と納得した)
3呼吸はタバコを吸えるくらいには余裕がある。精神病というか今回一番治してほしい要は統合失調症である
説明が終わると牧師は祈り始めた。礼拝堂の空気が変わった感じがした。どこか慈悲深く温かいというか。
そこからは凄かった。決して馬鹿にしているわけではないが、もう全身全霊の「痛いの痛いの飛んでいけーーーーーっ!!」って感じだった。英語でなんと言っているか聞き取れなかったが、本気で叫んで病に根付く邪悪なものを吹き飛ばしていく感覚。
すみません、自分の文章だとこう表現するのが精一杯です。体験してもらわないと信じてもらえないだろう、自分の力量不足を感じる。。。
各ステップごとに「癒された方は前に出てきてください」と呼ばれ、毎回10人くらいが前に出てくる。長年膝に痛みを抱える叔母様が「痛みを感じないの」と言って牧師と一緒にその場でスクワットをしてみせたり、四十肩が上がるようになった人、首の可動範囲の制限がなくなった人なんかもいた。ちなみに僕の顎関節症には効果がなかった。
3つのステップが終わり、前に出てきた人の改善された奇跡の報告を嬉しく羨ましく思う一方で、自分は「んー、鼻の通りは良くなった気がするかな・・・」程度で「何もないよりはマシか。でも奇跡ってこんなもんなのかな」とかなり落胆していた。
まぁ自分は信仰心は薄いし、あまり教会にも通っていない。献金もほとんどしていないし、都合よく神に祈るなんて、なんかセコいよな・・・と思うところがあった。
講演会も盛大な拍手に包まれて皆がハッピーな気分で教会を出ていく中、関節くらいならばどうにか出来るのかもしれんが、流石に精神病は神様には無理か・・・と諦めて帰り支度を始めていたところ、いつもお世話になっている牧師から「ちょっと、ちょっと、」と呼び出され別室に向かうと今日の講演を行なって下さった牧師が待っていた。
今回150人くらいが参加した講演会で、何人か深刻そうな話を事前に聞いていた人には特別に個別で祈ってもらえるらしかった。スマホのメモに願い事を事前に書いてきたが、そんなことも忘れていて、僕は必死で拙い英語でI have Schizophrenia! and thin joint not open and close smooth!! と訴えていた。
必死で祈り、彼はまず顎の関節に触れた。開閉する際に時折痛む、そんな関節だが触れられている際に暖かさや痛みなどは一切感じなかったがものの2秒くらいの最中、なんか関節や骨の形状がポジティブな意味で変形していく感覚があった。
開閉してみるように指示があり、実際に口を開けたり閉じたりすると痛みが生じないどころか前よりもスムーズになっている!ハレルヤ!
続けて統失についても祈ってもらう。目を閉じ、前に歩くように指示された。そのあと耳元で3回くらい指パッチンの音を聞いて通訳から「もう大丈夫、目を開けて」と目を開けた途端に頭の中の霧が晴れた感覚があった。この日の天候は雨だったが、自分の上だけ晴天が広がっているとさえ思えた。と同時に、統失で今まで辛い思いをしてきた記憶が一気にフラッシュバックしてきて急に涙が溢れ出して号泣してしまった。16年に渡る闘病はこれで終わったのだろうか。
何度も牧師にお礼を伝えた。16年ぶりに快適な頭を取り戻した気がする。絶対に症状は良くなった。しかし治ったのかは実感がなかった。頭がまともに働くならば、やがては神に社会に還元していきたいなと本気で思うようになった。ハレルヤ!
改善したと思われる箇所は、鼻の通気(鏡で鼻の奥を覗き込んだら鼻粘膜の腫れが見えなくなっていた)、顎の関節(格段に口の開閉がしやすくなった、なんかアゴの出っ張った部分が収まっていた)、頭の雑念が取れた だった。
とても長い1日で疲れたので、帰宅して寝る。
3/21
ズダダダダダダ・・・!!!!!!
実は先月末からウチの隣の家が解体工事をしているのである。いつも以上にうるさく、ノイキャンヘッドホンを突き抜けるくらいだ。やっと平穏な頭を手に入れたはずなのに・・・と起こされた苛立ちと騒音でこの日は前日の奇跡の余韻を噛み締められなかった。
夕方には工事が終わり、友達が泊まりにきてくれた。
明日は3月の最も大きなイベントがかかっているからだ。
3/22
お花見。一ヶ月くらい前から計画を練り、修正を重ねてとうとうこの日が来た。
場所は上野恩賜公園。ちょうど桜開花の時期で、しかも日曜。激混みが予想された。
事前に下見をし、この公園のルールなどもチェックしたが分からないことは多々あった。今思えばほとんどの心配事が杞憂にすぎず、それに関しては本当に友人たちを巻き込んでしまって反省している。
朝5時から場所取りに行き、良い場所を確保できた。これが出来るかだけが最も心配だったのだ。なんなら公園の全出入り口にロープが張ってあり、警備員が立ち入らないように封鎖しているのかとも想定していたし、同じように来園した人たちと場所を巡って争い、喧嘩に発展するんじゃないかと少しビビっていたところもある。
たまたまその日が運が良かっただけだと思うが、4:30には普通に公園に出入り可能で、すでに4組くらいはシートを広げて場所を取り、寝袋で寝ている姿も見られた。
17時くらいまで花見をしていたわけだが、人が来始めたのも8時過ぎくらいで一等地さえ諦めれば10時くらいでも余裕。昼から混んできたかなといった具合だった。たまたまだと思うが。
結果、屋台なんかも出ていて念願だったお団子を食べながら日本酒と桜を楽しむことができたのが個人的には大満足で、皆も口々に「楽しかったよ」と言ってくれたのが嬉しかった。本当に自分の段取りと伝達力が最もダメだったなと反省し、また機会があれば次に活かしていきたい。 結果が良かったから、これは成功と言って良いだろう。最も、友人たちのアドバイスや協力がなければ、僕は頓挫していたかもしれない。来てくれた人も含め、皆に感謝だ。
あ、そうそう 取材が来てチラッとテレビに映ったりもしました。うん、楽しかったな。
3/23
花見では潰れない程度に慎重に飲んだ。二日酔いはしなかった。でも寝起きで盛大に嘔吐。あまりにも酷かった。今日も解体工事がうるさい。果たして統失は治ったと言えるのだろうか。それを早く実感したいのだが、静まって自分の心に聞ける環境ではない。疲労もあり、翌月の予定を確認する程度で1日が終わる。頭の中で職場の校歌がループする。
3/24
この日も激しい嘔吐。午後からようやく体調がマシになり、教会の食事会に提供するコーヒー豆を買いに新宿へ。今回も理想の豆が手に入り、とうとう店員さんに顔を覚えられた。こういう関係になると、豆とか抽出に関して色々教えてもらえるようになるので、何かが一歩前進した気分で非常に嬉しい。
夜の食事会でも皆が僕の淹れたコーヒーを喜んでくれた。
3/25
せっかくマレーシアの牧師に頭を癒してもらったのだから、何か行動を起こさねばと思いノートを振り返った後に読書をしようと思い立つ。
ところがこれまでの過密なイベントの数々と目玉が爆発しそうな気圧のせいで何も出来なかった。2時間頑張ろうと机に向かっただけでも自分を褒めたい。頭が治ってきたら週3で働こうかな!なんて思っていたのに、昨日のあの気圧を前にして「ダメだ、もう一生社会復帰できる気がしない・・・」と、一日中布団で横になっていた。
3/26
今日。ああ、今日も気圧が。。。どうしていつも頑張ろうとすると体調が悪くなるのだろうか。これが神の導きであるならば、もう一生頑張れない気がする。こんな奴だがこれでも高校の頃は皆勤賞とか取ったんだぜ。それが打って変わって今じゃ毎日休みみたいな状況だ。
なんとか夕方から落ち着き、こうしてブログを書いている。幻聴がしなくなった気がする。その気になれば曲の脳内再生は可能だが。
奇跡はあったのか
断言する。奇跡はあった。文章だけじゃ信じられないと思うが、実際に体験をしたからこそ言える。病気が治ったのかと言われると、そこは「軽くなった」としか今は言えない。これから徐々に治っていくと期待したい。やっぱり周りとコミュニケーションに齟齬があったり、未だに気力が湧かない、短期記憶が弱すぎてやべー、長文で説明されると何が書いてあるか読めない、などなど問題は沢山ある。
それでも、少なくとも頭の霧は晴れてきた感覚がある。性格や思考の癖までは変わらないらしく、急に頭が良くなるわけでもないが、あの講演が何か人生のターニングポイントとなるきっかけではあると言える。
今後の展望
冒頭に「4月から仕事が増える」と書いたと思う。
理由は2つあって、
・現在勤めている不定期で入っている学校の撮影のバイトが週2になった
・お菓子やケーキを作るのを得意としている方が、コーヒーが淹れられる人を探しており、たまたま暇でコーヒー好きな自分が選ばれた
というのがある。1つ目は職場内で1人がクビになったのが理由らしい。結構良い加減な仕事だと思っていたが、クビとかあるんだとハッとし、4月から再度気を引き締め直す。
2つ目。まだ僕が働くかは計画段階なのだが、都内にレンタルスペースのカフェがあり、そこで不定期で営業しているお店をやっていらっしゃる方(教会繋がり)がワンオペだと手が回らないのと、そもそもコーヒーに関しては全く知識がなかったので猫の手も借りたい状況だという。
そりゃあ好きで毎日コーヒーをドリップをして飲んでいるし、かつてはドトールやベーカリーカフェで働いた経験もあるが、正直言うと自信が全くない。時折友人がウチに遊びに来た際にはコーヒーを振る舞ったりもするが、プロ意識がないので提供したコーヒーに対してお金を請求したことは一度もない。そのくらい自信がないのだ。(別にコーヒーじゃなくても、友人に金を請求するのって良い気分がしないんだよな。)
教会で先日そのお菓子屋さんの人も含めてコーヒーの試飲会をしたときは、次々と人が集まって10人くらいになったし、皆「美味しい」とは言ってくれたのを嬉しく思った。一方で、この時も、そして今までもお金の請求をしていないので、果たして「美味しい」とはタダで飲む分には満足ができる程度のクオリティなんじゃないかと不安になるわけだ。一体お客様は僕のコーヒーに対して幾ら払えるのだろう。
そんなわけで、明日は昼頃から相方のお菓子担当の方と一緒に、働くことになるであろうカフェの視察に行ってくる。そこで厨房の設備や動線などを確認し、同時にこれまでのお店を開いた際の売り上げや店のコンセプトなどを確認し、働く上で何を担当すれば良いのかなどをチェックしておきたい。
カフェで働くのは5年ぶりくらいになるのだろうか。コロナを機に飲食で働くことは微塵も考えていなかったが、一応過去の経験が役に立つ時が来るかもしれない。
なんとか祈りによって少し脳もクリアになったし、少しでも神様や社会に還元できるかな
頑張るぞー٩( ᐛ )و
そして日曜は教会で来賓の方にコーヒーを提供する役割を任された。なんか教会内での噂って村社会に似ていると思っていて、すぐに広まる。ちょっと食事会でコーヒーを出したら教会のほとんどの人が「コーヒーが得意なのね」と知っている。最近本当に「口は災いのもと」を痛感しているから、悪評ならばあっという間に広がりかねない。気をつけよ。
一歩強くなった。
じゃ、今回はこの辺で。



